初音ミクオペラ「THE END」を見て思ったこと。 - なんとなくまとめ [所感]
今更ながら初音ミクオペラ「THE END」もし次に見る機会があった場合のために自分なりのプログラムをここにまとめておこうと思う。
もうあれから数週間経過しているので、元々色々思っていた人がこの文章を読むことも無いだろうし、まとめても誰も文句を言わないと思うので!
まだ本作を見たことの無い人で見てみたいと思っている人には余計なノイズとなる可能性があるのでもし何かでひっかかってきてしまっても本文を読まないでおくことをおすすめする。
まずは登場人物の背景をまとめてみる。
・初音ミク
自分が作り出した自分の思いを表現した存在。
決して自分ではないし、他人でも無く、自分の考えること、経験などを反映させた器。
・きみに似ている誰か
本作中で「君に似せようとしているけど、似ていない」といったニュアンスの言葉が出てくること
から僕では無い誰かの思いを反映させた器としての「初音ミク」
・でっかいねずみみたいなキャラクター
自分自身。
「君が知りたいことを僕は知っている。」「君の気持ちは全部わかる」といったニュアンスの言葉
から彼女(初音ミク)を作り出した自分という存在ということが想定される。
これらの情報を事前に頭の中に入れて鑑賞した場合に大体のことがしっくりはまってくる。
ガス室みたいな部屋、部屋に浮いているミク、キャラクターと同化して空を飛び回るミク。
理想と現実の中での彼女の想い、葛藤がそこで表現されているのではないか。
そして本作で語られる言葉は自分自身への問いという解釈をすればそれなりに解釈しやすいのではないか。
そして「THE END」というのは初音ミクという存在が忘れられてしまうことなのか、自分自身が社会で
自分という存在を殺してしまうということなのか、また別の意味なのか。
正直終わりの部分はあまり覚えていないため、自分の中で解決していない。
僕の知る限りでは男性以上に女性の方がこの作品を見て感動していたようなので、本当の自分、理想の自分、
誰かの前での自分など、男性社会以上に自分を使い分ける必要がある女性の方がこの作品で共感できる部分
が多かったのでは無いかと考える。
※性別で分けるのはあまり好きではありませんが、特性上そういうことが多いのではないかという個人的意見です。
次回鑑賞する機会があった場合にはこの部分を再度意識して本当の意味での最適ロケーションなプラチナ席で
鑑賞したいと思う。
コミュニケーションについて [所感]
僕個人の今までの経験において、人とのコミュニケーションはその人によって変えていくべきなんだと思っている。
それは決して人に対しておべっかを使うことやゴマをするようなことではなく、時にその人とより親密になることであったり、人との距離を保つための手法として話し方や時にはキャラクター自体を変えることだと思っている。
勿論根本の部分は変えられないが、人によって自分自身のパレットに存在する色を濃くしてみたり、色の調合を変えることはすごく大切なことだと思っている。
親、上司、部下、知人、友人、他人。
それぞれの立場や自分との関係性によって最適な自分(色)を出すことで退屈させない、コミュニケーションを取りやすくすることが必要だと思う。
そうすることで多重人格のような誤解を受けたり、時として信頼を失うこともあるかも知れないが、僕個人の思いとしては別に目先の利益のみに固執してそういった行動を取っているわけではなく、人間関係を円滑に行うための最適解だと思っている。
僕個人こういった感覚は学生時代に柔道をやっていたこと、演劇をやっていたこと、飲食業をやっていたこと、小さい会社、大きい会社に居たことで得てきた経験から生まれたスキルだと思っている。
今後どういう人間になるのかはわからないけれど、僕はそうすることでこれからもより多くの人に受け入れて貰いたいと思っているし、良い印象を持って欲しいと思っている。
だからこそ一番他人にはわかりやすい優しさや親近感を与えるように努力している。
でも、他人から知人以上の関係になった場合には今まで以上に多くの時間を相手と過ごすわけだから他人以上にメリハリをつけることをしないと相手にとって何でもない人で関係が薄くなっていくと思っていて、それを恐れるあまりに意図的に話し方や距離感を変えてみたりする。
しかし、それが理解出来る人、理解できない人が居て、その部分を切り取って批判されることもある。
誰にとってもただの良い人はどうでもいい人になってしまうことが往々にしてあって、だからといって意味もない意地悪をするわけではなくて、距離感の駆け引きでコミュニケーションを図ることを理解出来ない人がいて、100%の解なんて無いのはわかっているけど直接の被害を与えていない人に何か否定されるのってすごく辛いなとは思う。
いっぱい悩んだけど、本当に正しいことなんてよくわかんない。
まとまらないから、まとらないまま気持ちを記しておこうと思う今日このごろ。
誰かに言っても、誰かが辛いかもしれないからここに残しておこう。
初音ミクオペラ「THE END」を見て思ったこと。 [所感]
昨日見た初音ミクオペラ「THE END」は存在とか死とかそういったものを考えさせられる内容だった。
しかしながら、僕の席はプラチナシートにも関わらず照明と周りの人というノイズが多くてなかなか全てを理解することは難しい席だった。
僕が感じたことが作り手の伝えたいことならば、もう少しノイズが入らないような環境をつくって思いを伝えて欲しかった。
確かに箱の費用とか、諸々の問題はあるかも知れないけどあれなら二倍のチケット料金で席を半分にしてノイズを減らす努力をして欲しかった。
あのノイズを含めての演出ならばそれはそれで仕方ないのかもしれないけど。
もしかすると集中力の問題かもしれない。。
人が演じないことで生まれる価値を活かした作品であったことは間違えないと個人的には思う。
もし再演されることがあるなら、今度は1F席の正面で見たいと思う。